誰にも相談することなく、会社を辞めてしまったけんぞうです。
本当に誰にも相談しませんでした。上司、先輩、両親、同僚全員事後報告でした。
今回は、僕が会社を辞めるときに誰にも相談しなかった、あるいはできなかった理由について書いていこうと思います。
とめられるのは、分かっていた。
僕が誰にも相談しなかったのは、確実にとめられると分かっていたからです。相談するとしたら、上司・同僚などになっていたかと思うんですが、皆優しい人たちだったのでたぶんとめてくれただろうなーと思います。
僕の例だと当たり前です。安定した会社を辞めて、田舎に引っ越してフリーライターやるぜみたいな人がいたら「正気か?」ってなりますよね。
でも何となく、とめられたくなかったんですよね。無謀なところに突っ込んでいくと分かっていたとしても。たぶん、その理由は自分の人生の行き先は自分で決めたいって思っていたからだと思います。
自分で決めたかった。
人生で大半を占める仕事の選択くらい、自分で決めたいって思ってたんですよね。子供っぽいかもしれないですが。
他人に相談しちゃうと、絶対ブレるんですよ。「確かにそうだね、やっぱり…」ってなるんです。
そんな風に誰かに相談して起動修正できるのはメリットかもしれないんですが、こと仕事みたいな人生の選択に関しては、他人のアドバイスに流されると絶対後悔すると僕は思ったんですよね。
- 自分の意思で辞めて、結果的に後悔するのか?
- 他人の意見に流されて、後悔するのか?
この2択を考えてみると、前者の方がマシかなーってことです。
フラットな視点でアドバイスをもらおう。
とはいえ、誰かにアドバイスをもらうことを僕は全否定しているわけではありません。僕よりも全然意志力が強くて、他人の意見は参考程度に留めることができるなら、周りから色々意見をもらってみて良いでしょう。
その場合は、たぶん会社の外など利害関係のない人にアドバイスもらうべきかなと思います。他の会社に勤めている友人とか。
どうしても、会社の同僚や上司になってくると、業務的な利害や感情的な問題が挟まって、会社側に傾いたアドバイスになってしまうかなと思います。
ポエム:これまでの他責の人生について
僕は昔から自分で決めるのが苦手で、両親に色々なことを決めてもらって生きてきました。お恥ずかしい話ですが、進路なども両親に決めてもらってました。
大学で法学部を選んだのも両親が「潰しがきくから」と言っていたことが大きいです。
そうやって他人に選択を預けてたら楽なんですよ。でもね、他人に人生の選択を委ねることにはおおーーきな問題があって、それは「自己コントロール感の欠如」です。
つまり、「あの時、あの人がああいったから…」みたいな言い訳はだらだらと垂れ流す人間になって、結局自分では何も決められない・変えられないという意識が強くなるんです。僕はずっと、そうでした。
今では、少しずつ自立して「自分の人生は、自己責任だよね」と思えています。もしみなさんが他責してしまっている自分に気が付いたら、「やばい」と思ってくださいね、、人生は自分が動き出さない限り、何も変わらないですから。