【図解】引っ込み思案で意見を言えない僕が、ブログ・SNSでは意見をはっきり言える理由

 

おはようございます、けんぞうです。

最近は当ブログも少しずつ読まれるようになってきました。

皆さまもおかげでございます、ありがとうございます。

さて先日投稿した「ブログが読まれなくて、毎日絶望している」でも触れた通り、私けんぞうは過去のブログ含め1年ほどブログ運営をしております。

この記事は僕が1年間ブログを書いてみて、感じたこと・学んだことを言語化する試みです。

この記事を読んでほしい読者

SNSやネットで自分の考えを発信したいけれど、抵抗がある人
発信する活動をしていたが、途切れてしまっている人

では、行きましょう。

自分の意見を言うのがとにかく苦手です。

僕と対面で話したことがある方はご存知でしょうが、僕はめちゃめちゃ人見知りです。

人見知りで、とにかく人に自分の意見を対面で伝えるのが苦手。

グループとかになるとなおさらで、話に入れなくなります。(大人数の飲み会が苦手なのはこれが理由の 1つ)

そんな感じの僕ですから、就職活動の『グループディスカッション』ってありますよね、あれがめちゃくちゃ苦手でした。たぶん今でもそう。

だいたい、グループディスカッションの結果で落とされてましたね笑

意見が言えない僕でもブログでは「関係ない」と思える理由

現実世界ではそんな感じのぼくですが、ブログになると180度変わります。

とにかく、持論を持ち出したくて仕方がない。現実では満たされない承認欲求をここで満たしているようなイメージでしょうか。

現実では引っ込み思案の僕でも、ブログ・SNSではどんどん前に出ていって壮大に恥をかいています。(当ブログはfacebookを通して友人にも読まれている)

そこまで僕が現実とブログを割り切って考えることができるのは、『責任の所在』かなと最近は結論づけています。

僕のブログを読むかどうかは、「あなたの責任」

僕は毎日ブログが多くの人に読まれるように、工夫してトライアンドエラーを繰り返しています。

とはいえ、実際に僕のブログをあなたが読むかどうかは僕の責任ではありませんあなたの責任です。

たとえ僕の記事を読んでくださった方が、

「面白くなかった!くそがきが!時間を返せよ!」

とキレられようと、100%僕には責任はないと考えます。

読んだあなたの責任ですから。

この辺で離脱するユーザーが多そうですが、実際僕は本当にそう思ってブログ運営をしています。

責任の所在をはっきりさせると、

  1. 他人を責めて、疲弊する
  2. 自分を責めて、疲弊する

ことがなくなります。

ブログから離れて、他の例をあげて考えてみます。

1.他人を責めて、疲弊するパターン

「上司が嫌なやつだ!仕事が楽しくない!」

という事例を考えます。確かにそうかもしれないけれど、そう言ってるだけじゃ何も解決できません。

その上司に振り回されて、自分が疲弊するだけです。

上司を変えるのは難しい(というかほぼ不可能)でしょうから、まずは「責任の所在」を自分においてみて、行動を考えます

  • 上司から距離を置く
  • 違う部署へ異動する
  • 違う会社へ転職する

上司を責めているだけでは見えてこない幅広い選択肢が、見えてくるようになります。

責任の所在を自分に置くというのは、「自分を責めろ!」という意味ではなくて、あくまで『自分の行動のコントロール権は、自分が握っていて、行動で状況を変えることができる』と認識するという意味です。

2.自分を責めて、疲弊するパターン

上記とは逆のパターン、つまり自分を責めてしまって疲弊するということもあり得ます。

例えば

自分の成果物に対して、上司から厳しいフィードバックを受けた場合

僕も経験ありますが、こういう時って結構落ち込みがちです。本当に辛い。

でもよく考えてみてください、厳しく批判されているのは「自分自身」でしょうか?

違います、第三者からのフィードバックは自分の成果物に向いています。つまり、「自分という人格」には踏み込まれていないということです。

 

やったことの責任をとらないという意味ではなく、「自分」と「成果物」を切り離して考えるということです。

上記の図の通り、自分は成果物に対してコントロールする力を持っているので、上司に指摘を受けたのであれば成果物に対して改善アクションを加えていけばよいということです。

しかし、自分という人格にまで土足で入って込み非難する人もいるでしょうが、それは人として軽蔑に値する行為ですので早々に縁を切ることをおすすめします。

まとめ

さてここまでの内容をまとめますと、

  • 発信したものを他人が読むかどうかについて、僕は責任を負わない
  • 批判を受けたとしても、それは僕の成果物(ブログ記事)に対するものであって、僕という人格を否定される筋合いはない。

ということを踏まえますと、ネットを通して意見を発信することを恐れる必要は無くなります。

そして何より、ネットで意見を言える人間、発信する人間の方が得をする世の中になってきています。

そのことに早く、多くの人が気づいてくれればと思います。

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